ペットとの思い出は色あせない
毎日、飼い主の心を癒やしてくれるペット。
しかし大きな問題がある。
それは飼い主より圧倒的に寿命が短いと言う事。
そしてその日は必ず訪れる。
その時のショックはどれくらいの愛情を注いでいたかで変化する。
あまりのショックでもう2度とペットを飼わない人と、その悲しみを忘れるために新たにペットを迎え入れる人もいる。
飼い主の家に来たときはたいてい子供の時で成長を楽しめるしとにかく可愛い。
しかしいずれ歳を取り病気になる。
そして…。
それは仕方のない自然の摂理なのだと理解しなくてはならない。
大事なのは飼い主の家に来て良かったと思って貰うこと。
それには一緒に過ごす時間を大切にする事。
それしか無いしそれが全てだと思う。
それなのにペットを捨てる行為が後を絶たない。
ハッキリ言って有り得ない行為である。
責任を持てなければペットを飼う資格はない。
今は情報が溢れているので、飼いたいと思うペットの寿命・食べ物・病気など、ネットでいくらでも検索できる。
全てを理解した上で“ペット飼うことが出来る”と判断した人だけが“ペットを飼ってもいい”という資格がある人だと思う。
犬を飼った事がある
猫大好きなので人生で猫がいなかった時間は存在しない。
でも1度だけ犬を飼った事がある。
猫と違って犬は手がかかる。
鎖につながれていたので水とエサは必ずやらなければならない。(猫は何か捕まえてきてバリバリ食べている時がある)
それに毎日の散歩に天候は関係ない。
暑かろうが寒かろうが雨が降ろうが雪が降ろうが風が吹こうが散歩の時間が来るとちゃんと待っている。
予防接種も受けなければならない。
なので犬は覚悟を決めて飼わなければ不幸にしてしまう。
たくさんの思い出
犬との生活はたくさんのエピソードがあり楽しかった。
宅急便のお姉さんが配達に来たり、近所の大型犬が来ると嬉しすぎてシャコタンモードになる。
家族の前ではシャコタンモードにならないので、どんな“いいこと”をしてもらったのか気になる。
なぜだか分からなかったが、散歩の時に急かすと一緒についてくる猫に飛びかかっていく。
マウントは取れるがカウンターで猫キックを浴びせられてしまう。
その後、何事もなかったように散歩の続きに戻るのが不思議でおかしかった。
小型犬だったが15年で生涯を終えた。
途中で家族が亡くなり、仲良しだった近所の大型犬も亡くなってさびしい思いをしたと思う。
最期の事を思い出すと辛くなるので将来、犬を飼うという選択肢は無くなった。
最後までいろんな人に愛されていたので幸福だったと思う。
散歩の時の猫とのツーショット。
最初に犬を見たときはオシッコをもらしていたが何故か散歩についてくるようになっていた。
パグと柴犬の雑種だったが、小さい時はおでこの毛の色がパグのシワみたいに黒くなっていた。
そして後ろ足がガニマタ。
大きくなるにつれおでこのシワのような模様は消えていったがガニマタはそのまま残った。
小型犬をひとまわり大きくしたくらいで成長は止まったが、おそろしい馬力で散歩の時は苦労した思い出がある。